成功と、メッセージ性

いろいろ収穫・楽しい出来事がありましたが、
少し思うところが繋がったので、書いておこうかと思います。

会(活動)についての、私のスタンスです。





最近たくさんの繋がりを得られてきて、ふと思うようになったのが、
「どうして私のやっていることは、いつまでの弱小なのだ???」ということです。

いろいろなグループの方にお話を伺うと、年数浅い方たちの方が会を大きくして多くを発信している、そういうケースが目につく訳です。

それが羨ましいというよりかは、「必要としている人に、一人でも多くの人に、この会の存在を届けたい」と思っているその一心ですので、弱小よりは大きな組織の方が多くに知れ渡るであろうとも思う訳です。
そういう意味合いで、大きくなればなぁと思うんですが…



反対に、大きくすることが目的か?となると、NOなのですね。
「成功が欲しい」訳ではないのです。
うーん、いい表現はないかしら…。

例えば、メディアに取り上げられたりすると、認知度は上がって、たくさんの人に存在を知って役立ててもらえます。
けれど、私はそういう名声?成功?のようなモノは、どちらかと言うとあまり嬉しく感じないのです。と言うか、価値観に合わない、向いてないです、困惑すると思います。



何と言いますか、
私はこの活動を「社会的慈善事業」としてやっているのではなくて、どちらかと言うと、
「自己の表出」と言うか「自己実現」としてやっている側面の方が大きい、そんな風に感じるんですね。

人様のお役に立ちたい、と言うより、
「もう、これを言わずにはいられない」と言うパッション、ですかね…


そういう「モラルからではない」匂いが醸し出されているのでしょうかね(苦笑)
だからあまり「持ち上げられる事がない」のでしょうかね、



どちらかと言うと、「芸術系」の物が肌に合う、私ではあります。




少し話が逸れるかのようですが、
私はディック・ブルーナさんの「うさこちゃん」が大好きです。
実は結婚してから自分の中でブレイクしました、「可愛い、手の中に収まる女」になってしまった?のと同時期でした、たぶん自分の中の何らかのひずみが、こういう形で現れたのでしょう、と言うのも若い頃はキャラクター物など興味も何もなかったからです。

それでも、たくさんグッズを集めて、展覧会にも行くうちに、
「アーティストとしてすごい人だ」と思うようになりました。
何よりも、極限にまで削ぎ落とした表現が素晴らしい。

「うさこちゃんは、必ず正面を向いている」のも、意味があるということを知り、
ブルーナさんの誠実さ、温かさを知りました。リスペクトでした。


けれど、ごくごく最近の作品(絵本)は、何か妙に「メッセージ性」を感じる訳です。
何か違和感を感じていました、
「モラルという暴力」をハッキリ知ることになる以前から、微かに何か、しっくり来ないなと思っていました。

可愛い顔して説教されても、困るんです。
何かどこか、捻じれています。

初期のうさこちゃんの良さは、思うに、
ただただ温かいこと、意味など特になくてもいい、ニコニコとした素直な笑顔、
だったと思うんです。
だから、すぅーーーっと心に入ってくるのでした。

今のうさこちゃんは、何だか「難しいこと言っている」のです。
ちょっと押しつけがましいのです。



私はブルーナさんが大好きなので、批判だとかネガキャンのつもりは全くないですが、
どんなに愛している人でも100%好きだなんて、あり得ないことですから。ご理解くださいね。



何だろう?・・・「成功」の影響??
そんな風にも思いました。

ブルーナさんは、作風の通り、とても誠実で優しく、世界中の慈善活動のシンボルキャラクターなどを手掛けていますね。
そういう所から、肩に力の入った使命感が生まれてきたのでしょうか、
私が説かねば!みたいな…。



芸術って、元々が一つの主張ですから、
そこに強い「メッセージ性」が加わると、とてもクドイ(苦笑)です。

クラシック音楽が好きだった私ですが、後期ロマン派などはホントに逃げ出したくなります。
これでもか、言うこと聞け!みたいにガンガン来られる感じがするんです。
ま、実際そうなんですけどね…。


絵画でも、何かを具体的に訴えていると「はい、はい、はい~~~」とシャットアウトしたくなります。


歌詞のあるポップスやロックでも、いくらツボなメッセージのアーティストでも、
時々「そう言われたって、今、自分はそうできないんだよう!!」と怒鳴り返したくなる時があります。



特に、芸術とモラルは相容れないと思うんです。
相当強力な主張ですから。暴力にさえなってしまいます。

オコガマシイと感じて反発する人が出ても不思議ではないです、


芸術はあくまで人を豊かにするものであって、芸術でしかない、
それは、何かの道具では決してないんです、


慈善チャリティーとかも、正直あまり好きではないです…
それとこれとは関係ないんじゃないか?と思ったりします…
主張性の強い人に、あるメッセージを託せば、多くの人に広まる、という思惑は分からないでもないですが…。



反対に言うと、「成功」したアーティストって、
「自分の言いたい事を自由に言えなくなってしまってるんじゃないか???」

そんな事さえ思う私です。



やはり、話がズレてますかね…
何と言うか、私は「成功」があまり好きではないんですよね、
何だろう、目的がすり替わってしまったり、「人」を変えてしまったり、妙なしがらみや使命感を背負ったり、
「成功しながら自分を保つ」って、すごく難しいことだと思うんですよね。



やっぱり、
「自分の言いたい事を言いたい」
「その時に応じて、自由に柔軟に動きたい」

その方が、自分にとっては大切なのかな、と。






先ほど申した理由により、何ともジレンマなのですが、
「大きくすること、成功を目的としているのではないのだ、私は」とハッキリしたなら、
私なりににその路線でボチボチとですが(笑)ばく進しようかとも思う訳です。

小さいながらの「自由さ」。「柔軟さ」。
そして「モラルの呪縛の外側に存在する」独自性、
そこからこそ来る「安心感」。

もしかして、自分で切り拓かなきゃな道かもです、
それもまた、楽しいものだと思います、
人がもうやっている事をするなんて、私の性分には合いません。


声高にガナリ立てなくとも、
私のこの地味な?やり方そのものが、一つのメッセージだと…
そういう風に捉えていこうかな、と考えたりするのです。



…って、必要な人に届かなきゃ、意味ないんですけどね…

難しい。答えは一つではない。いや、「道はいくらでもある」と言おうか。うん、そうだ、前向きにね。


やり方を自分でひねり出す。
人生にこれほど面白いことも無いんだから。




いろんな事に手を出しながら、
バラバラのピースを拾い集めながら、
自分の人生のジグゾーパズルを作り上げていく。



大学決める時、「これからは絶対に『心(心理学など)』の時代だ」と思ったけれど、
私は敢えてその先を見ることにしました。「その後は『芸術』が必要になるんだ、しかも『純粋な芸術』が。」と。



それが当たっているかどうかなんて、人に決めてもらう訳でも、世の中に答えを問うつもりもないけれど、
私の中では20年後のビジョンは「それもこれも、すべてを、ただ淡々と音にする」

人の役に立つとか、込めてるモノなんて、そんなモノこの際にして。
活動とは別だけれど。自分の人生の中で密かに目指していること。



話が混沌としていて、すみません。

ふむ。自分で書いていて思いましたね、
そりゃあ、ヨソと会の形が違っていて、これ当然だな(苦笑)と。


まぁ、そんな奴が一人くらい居たって、いいじゃないですか(^^)



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小舟さくちる

Author:小舟さくちる
この自助グループの管理人をしています、小舟さくちるです。
中学生の男の子が一人います。アラフォー??でございます…(笑)
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趣味は、パンを食べること、寝ることw、静かな緑に囲まれること、ドライブ。
音楽はクラシック・ケルト系から、ジャズにシフトしつつあります。最近ピアノを習い始めました!ドキドキ♪

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